2017年12月24日 救い主の母への祝福
(要約)洗礼者ヨハネは救いの道を供える者として救いの実現のために不可欠でした。わたしたちが主イエスに出会ったときも、誰かがその道を供えてくれたのです。
(説教本文)
「呼びかける声がある。主のために道を備え、わたしたちの神のために、荒れ野に広い道を通せ。谷はすべて身を起こし、山と丘は身を低くせよ。険しい道は平らに、狭い道は広い谷となれ。主の栄光がこうして現れるのを肉なるものは共に見る。」(イザヤ40:3-5) 預言者イザヤは、苦しみ悲しむ人々に、救いが実現するため、救い主を迎えるために、救いの道を整えて備えとせよ、と神の言葉を語りました。この預言は、洗礼者ヨハネが世に現れることによって実現しました。
洗礼者ヨハネは、ユダヤの荒れ野で隠遁生活をしながら、ひたすら神と向き合い、救われたいと思う者はまず自らの信仰を吟味して悔い改め、罪を赦していただくために洗礼を受けるようにと人々に呼びかけていました。己の罪を認めた人々がヨハネから洗礼を受けようとヨハネの元に集まってきました。ヨハネからもっと多くのことを学びたいと願うものは、ヨハネの弟子となりました。ヨハネの元には多くの弟子が集まり、共同生活をしていました。救い主・メシアを待ち望んでいた人々はやがて、このヨハネこそ救い主に違いないと考えるようになりました。その考えを見抜いたヨハネは人々に宣言をしました。「わたしは救い主・メシアではない。わたしは救い主が来られる準備として、道を整えるために神から一足先に遣わされた者である。わたしは水であなたがたに洗礼を授けているが、後から来られる救い主は聖霊で洗礼をお授けになる。その方はわたしよりはるかに優れた方で、わたしはその方の靴のひもを解く値打ちもない者である。」
ヨハネから洗礼を受けるために集まってきた人々の中に、主イエスもおられました。その方が主イエスだとわかったヨハネは、自分こそあなたから洗礼を受けるべきなのに、と洗礼を躊躇しましたが、主イエスの求めに応じて洗礼を授けたのです。聖書には書かれていませんが、その後、主イエスはヨハネから伝道者としての訓練を受けたと思われます。やがて主イエスはヨハネから独立し、自分の弟子をもって伝道を始められました。ヨハネは、腐敗していたユダヤの指導者たちを蝮の子と呼んで批判し、ヘロデの不倫な結婚を批判したため捕らえられ、首を刎ねられ、地上での生涯を終えたのです。
洗礼者ヨハネと主イエスの関係は、マタイ・マルコ・ルカ・ヨハネ4つの福音書すべてが記しています。洗礼者ヨハネの存在、働きなくしては、主イエスの福音伝道はないからです。特にルカは洗礼者ヨハネと主イエスの関係の重要さを人々に知らせるために、多くの資料を集めて福音書に書き記しました。ルカは洗礼者ヨハネの弟子たちが書いた文書の中から、多くのことを知ったようです。そこには、ヨハネ誕生の出来事も記されていたのです。ルカはこれらの資料を読んで、大きな発見をしました。洗礼者ヨハネと主イエスの関係は、実は生まれる前から強い関係で結ばれていたのだ!この大発見にルカは興奮したことでしょう。その興奮の中でルカによる福音書第1章を書き上げたのです。ルカの興奮、喜びが伝わって来るような気がしませんか?
ルカの発見は、洗礼者ヨハネの母エリサベトと主イエスの母マリアが親戚関係にあったということでした。エリサベトの夫ザカリアは神殿に仕える祭司でした。エリサベト自身も祭司アロンの血筋を引いていました。いわばユダヤのエリート家族です。マリアが生まれ育った家は低い身分の家で、マリアは同じような身分の木工職人のヨセフと婚約していました。ザカリアとエリザベトはおそらくエルサレムに住んでいましたが、マリアはエルサレムからはるかに離れたガリラヤの貧しい村ナザレに住んでいました。共通点の少ないエリサベトとマリアは互いに全く関係を知らなかったでしょう。関係を知ったのは、天使がマリアに受胎を告げたときでした。
天使から男の子を身ごもると告げられて驚いたマリアが、まだ結婚していないのにあり得ないことです、と天使の言葉を否定した時、天使はこう言ったのです。「あなたの親類のエリサベトも、年をとっているが、男の子を身ごもっている。不妊の女と言われていたのに、もう六ヶ月になっている。神にできないことは何一つない。」(ルカ1:36-37) 「神にできないことは何一つない。」マリアはこの天使の言葉に驚き、目が覚める思いをしました。結婚していない自分に子どもが宿るはずがないと思い、天使の言葉に不信を抱き、神の言葉を否定したマリアでしたが、「お言葉通り、この身に成りますように。」と神の言葉を受け入れたのです。
神の言葉を受け入れることができたマリアは、神の子を宿したことの驚きと神への不信から、喜びと神への賛美へと変わっていきました。マリアは、天使が告げた親類のエリザベトにぜひ会いたい、会わなくてはと思い立ち、急いでエリサベトを訪問しました。二人の出会いはどのようなものだったのでしょうか。すでに年をとったエリサベトとまだ少女のように若いマリア、祭司アロンの家に生まれた高い身分のエリサベトと最も身分の低い家に生まれたマリア、ユダヤの中心地に住むエリサベトとガリラヤの田舎町に住むマリア、通常では交わる機会のない二人の女性が出会うことになったのです。二人には様々な違いがありましたが、天使から思いもしなかった懐妊を告げられ、しかも生まれてくる子が「偉大な人になる」と告げられていました。このことが二人を結び付けたのです。
マリアは自分よりずっと年上のエリサベトに挨拶をしました。エリザベトと胎内に子を祝福しました。するとエリサベトもエリサベトの胎内にいた子も聖霊に満たされ、胎内の子が動き、今度はエリサベトがマリアを祝福したのです。祝福と祝福が呼応し、祝福の大合唱となったのです。「あなたは女の中で祝福された方です。胎内のお子さまも祝福されています。わたしの主のお母様がわたしのところにきてくださるとは、どういうわけでしょう。あなたの挨拶のお声をわたしが耳にしたとき、胎内の子は喜んでおどりました。主がおっしゃったことは必ず実現すると信じた方は、なんと幸いでしょう。」二人の母親の出会いは、洗礼者ヨハネと主イエスの出会いでした。洗礼者ヨハネと主イエス、この二人は神のご計画の実現のため必要な二人であり、また二人の間には強い結びつきが必要だったのです。
エリサベトから祝福を受けたマリアも聖霊に満たされました。そしてマリアの口からは神を賛美する言葉が溢れ出てきたのです。祝福から賛美が生まれたのです。なんと素晴らしいことでしょう。
「わたしの魂は主をあがめ、・・・・・アブラハムとその子孫に対してとこしえに。」(ルカ1:47~55)
なんと信仰に満ち溢れた美しい賛美、そしてなんと力強い賛美でしょう。弱い者、小さな者に希望を与えてくれるやさしさに溢れた賛美です。
このマリアの賛歌は、マニフィカットとして後々の礼拝で歌われるようになりました。マニフィカットとは、マリアの賛美の中の「偉大なこと」のラテン語マグナからつけられた曲名です。天使はマリアに「その子をイエスと名付けなさい。その子は偉大な人になり、いと高き方の子と言われる。」告げました。天使の言葉を受けてマリアは、力ある方、すなわち神が自分に偉大なことをしてくださったと賛美したのです。
マリアは、神が自分のような身分の低い者に目を留め、救い主の母という大きな役を与えてくださったことを喜び、感謝しました。自分ばかりでなく、全ての身分の低い者や、飢えた者に目を留めてくださっていることに感謝しました。主は思い上がる者を打ち散らし、権力の座にふんぞり返っている者をその座から引き降ろされます。餓えた人を良い物で満たしてくださり、いつも満腹している富める者を空腹のままで追い返されます。主はいつも弱い者、小さくされている者に目を留めてくださるのです。
やがて月が満ちてエリザベトから生まれた子は、ヨハネと名付けられ、成長して神の言葉を語るものとなり、人々に悔い改めを呼びかけ、罪の赦しのために洗礼を授ける者となりました。それは、主イエスによる救いの道を整えるためでした。山を低くし、谷を埋め、でこぼこ道を平らにする。それは、身分の低い者を高く挙げ、思い上がる者、権力の座にいる者を引き降ろし、飢えた人を満腹させ、富める者を空腹のまま追い返すことでした。社会に正義と公平をもたらすことが洗礼者ヨハネの役割でした。その道が整えられたところに救い主はお出でになるのです。
クリスマスは、神がわたしたちをお見捨てにならずに、独り子イエス・キリストをわたしたちのところに送って、わたしたちを救いの道に導いてくださったことへの喜びと感謝、そこから生まれる賛美の時です。しかし、神はその業を主イエス・キリストだけにさせたのではありませんでした。主イエスの前には洗礼者ヨハネを送り出し、後には主イエスに弟子をお与えになりました。福音の伝道とは、ひとりで行うことではなく、神を信じ、救いを待ち望む者が2人3人と集まって行うことです。神を信ずるものが2人3人と集まるところ、そうです、福音伝道の業は教会の業なのです。神がお立てになった教会が福音を伝えていくのです。その原点ともいうべき姿が、洗礼者ヨハネと主イエスなのです。
皆さんはおひとりおひとり主イエスに出会って救われた経験者ですね。神は、誰かをお用いになってあなたを主イエスに出会わせたのではないでしょうか。そのあなたは、また誰かを主イエスに出会わせる人になるのです。神があなたをそのようにお用いになるのです。その意味で、わたしたちひとりひとりが洗礼者ヨハネの役割、道を整える役割をしているのではないでしょうか。