2018年6月3日 勇気を出しなさい

南ユダの王アサの時代、ユダはヤハウェの神から離れ、アシェラの偶像が国中に立てられるなど、信仰の危機にありました。幼くして王位についたアサは、預言者アザルヤを通して伝えられた神の一声に勇気を得て、宗教改革を行いました。

(説教本文)歴代誌下15章1-8節

今日、わたしたちの示された聖書の言葉は、歴代誌に書かれた言葉ですが、歴代誌が主日礼拝のみ言葉として選ばれ、語られることはあまりないのではないかと思います。わたしにとっても、歴代誌を説教で語るのは恐らく初めてのことです。

歴代誌というと頭に浮かぶのは、かつて南三鷹教会の教会員であり、現在は長野県の飯田吾妻町教会で牧師をしている守屋彰夫先生のことです。東京女子大学の旧約学の教授であった守屋彰夫先生の専門が歴代誌でした。
                                  
歴代誌は、その書名から推察されるように、イスラエル・ユダヤの歴史が書かれた書物です。記述されている歴史の範囲としては、アダムから始まり、バビロン捕囚から解放されるまでで、人物を中心に書かれています。歴代誌上1章から読むと、最初はアダムから順に名前が列挙されているだけですが、徐々にその人物がどのような人であったかの描写が増えてきます。登場人物にまつわる記述が詳しくなるのは、歴代誌上10章から、初代王となったサウルからです。しかし、サウルが王になったいきさつは書かれおらず、サウルがペリシテとの戦いに敗れて死ぬ場面からです。続く11章から29章までのページ数を割いて2代目の王となったダビデのことが詳しく記述されています。歴代誌下は3代目の王ソロモンから始まり、王国の分裂と、その後の王たちの記述が書かれていますが、北のイスラエル王国の王はほとんど記述がなく、もっぱら南のユダ王国の王たちのことが書かれているという特徴があります。 
歴代誌は、創世記から列王記に至る旧約の他の書と内容が重なります。特に歴代誌下と列王記上下は、ソロモン以降の王たちのことが書かれていますので、重なる部分が多くあります。なぜ、旧約聖書に同じような書があるのかと不思議に思いますが、これは新約聖書に4つの福音書が収められていることと同じではないか、似たような記述であっても、異なる人々の間で伝承され、また異なる時代背景において書かれた書であり、互いに補完し合う関係にあるのではないかと思います。

話しが神学校の授業のようになってしまいましたが、歴代誌が語ろうとしていることは、正確なイスラエル・ユダヤの歴史ではありません。イスラエル・ユダヤの歴史に登場する人物がどのような人物であったか、何をしたかです。その視点は、神の目です。この時代に生きた人たちが、神との関係においてどのようであったかを記述し、後の時代の人々に対して、生き方の示唆や教訓を与えることが歴代誌の大切な目的です。

さて、今日示された歴代誌の15章には、アサという名のユダヤの王が登場しています。アサは、ソロモンの曽孫です。今日の聖書箇所の1つ前の14章から、アサのことが記述されていますが、冒頭に「アサは、その神、主の目に正しく善いことを行った。」と良い評価を受けています。良い評価を受ける理由が、14章2節・3節に書かれています。「彼は異国の祭壇と聖なる高台を取り除き、石柱を壊し、アシェラ像を砕き、ユダの人々に先祖の神、主を求め、律法と戒めを実行するように命じた。」からです。また14章5節には「主が安らぎを与えられたので、その時代この地は平穏で戦争がなかった。」とも書かれており、これもアサが良い評価を受けている要因です。

アサの父親はアビヤという王でしたが、北のイスラエル王ヤロブアムとの戦いに勝利し、ユダヤの勢力を増しました。しかし王位には3年間しかいませんでした。病死したのか、戦死したのか分かりませんが、その結果アサはまだ幼かったのに王位を継ぐことになったようです。そこで、アサの母マアカが皇太后としてアサを補佐し、政治の実権を握りました。彼女はアシェラという神を信仰し、アシェラの偶像を作り、エルサレムに置きました。このようにして、皇太后マアカに指導されユダヤは、まことの神ヤハウェの信仰から離れてしまっていたのです。その様子は、今日の聖書箇所の15章3節に書かれています。「長い間、イスラエルにはまことの神もなく、教える祭司もなく、律法もなかった。」このような状況にあったのです。しかし、まことの神の信仰を持ち続けた人々は、心を痛め、何とかまことの神ヤハウェの信仰を取り戻さなければと思い、祈り続けていたのです。

何年かの時が経ち、彼らの祈りに神がお答えになりました。アザルヤという人に臨んだ神の霊が、アザルヤをしてアサに神の言葉を告げさせたのです。アザルヤは成長したアサ王の前に進み出て、神の言葉を伝えました。 「アサよ、すべてのユダとベニヤミンの人々よ、わたしに耳を傾けなさい。」 南のユダ王国は、イスラエル12部族のユダ族とベニヤミン族で構成されていました。ですからこの言葉は、ユダヤの王アサと、ユダヤの全国民に向けられた神の言葉でした。 「あなたたちが主と共にいるなら、主はあなたたちと共にいてくださる。もしあなたたちが主を求めるなら、主はあなたたちにご自身を示してくださる。しかし、もし主を捨てるなら、主もあなたたちを捨て去られる。」 国には異教の神の偶像が至る所に置かれ、人々の心は主なる神ヤハウェから離れていました。ヤハウェに立ち帰りなさい、他の偶像の神ではなく、まことの神ヤハウェを求めなさい。しかし、このままあなたがたが主なる神ヤハウェから離れるなら、主なる神もあなたがたを見捨てると、アザルヤはアサに神の厳しい言葉を伝えました。

さらにアザルヤはアサに、ユダヤとイスラエルが争い、互いに町を破壊し合った。この地に住む人々は混乱の中にあって、安心して生きて行くことができなかったと、ユダとイスラエルの関係について話しました。
アザルヤの言葉をアサはどう受け取ったでしょう。幼くして王となり、母親のマアカが皇太后として実権を握って来ました。主の言葉を聞いて行動を起こすと言うことは、母親のしていることに異議をとなえることです。果たしてそのようなことができるのか。アサは悩んだことでしょう。家臣たちは母親の言うことは聞いても、果たして自分の言うことを聞いてくれるだろうか。いくら神の命令だといっても、家臣たちは動いてくれないのではないだろうか。幼くして王になり、まだ王としての経験も少なかったアサでしたが、主はアサに重大な判断と行動を求めたのです。主の言葉とは言え、アサにとっては大きな重荷だったでしょう。

とまどい悩むアサに神は声をかけました。 「勇気を出しなさい。落胆してはならない。あなたの行いには、必ず報いがある。」 大丈夫だ。自分に経験がない、力がないと思うな。あなたの行うことは報われる、と主はアサを励ましましたのです。
この神の言葉がアサの心に響き、アサの心を揺り動かし、アサに勇気を与えました。アサは主の言葉にしたがって行動を始めました。国中から偶像を取り除き、長く行われて来なかったヤハウェの神への礼拝を行うため、祭壇を新しくしました。
母親のマアカは、アサがアシェラの像を壊して焼き捨てていると聞き、アサの行動に強く反発し、抵抗しました。しかし、神の言葉に勇気を得たアサは、怯むことなく母親のマアカから皇太后の地位をはく奪したのです。アサの勇気のある行動によって、ユダヤは神の目に正しい国へ戻って行ったのです。

アサは、主の言葉によって勇気を得ました歴史の中で多くの人が主の言葉に励まされ、勇気をもらって行動しました。昨年は宗教改革500年目の記念すべき年でたが、宗教改革者たちも主の言葉によって勇気を得て行動した人々でした。

このところもっぱらニュースで取り上げられるのは、アメリカンフットボール危険タックル事件です。記者会見で日大の監督は、自分は怪我をさせろという指示をしていない、選手が自分の言葉をそのように受け取って行動したのであって、自分には責任がないと言い続けています。この言葉にあきれました。大学スポーツは教育の一部です。スポーツを通して、人間を成長させることが目的です。監督、コーチは教育者であるはずです。教育者は、自分の言葉が生徒たちにどのように受け取られ、どのような行動に結びつくかを考え、言葉を選びます。選ばなくてはなりません。なぜならそれが教育だからです。生徒たちを育てる言葉を用いるのであって、生徒たちを貶める言葉を用いるべきでないことは当然なのです。残念なことに、そのような考えは、監督・コーチには全くなかったようです。幼稚園でも、教師の一言は子どもに勇気を与える言葉でなくてはならないと話し合っています。上に立つ者の一言は、人を生かしも殺しもするのです。同様に、黒を白と言い張る政治家たちにも全く呆れます。真実でなくても、言葉によって真実にしてしまおうとすることは、神の目に悪と映っていることでしょう。

このような時代に落胆してはならないと神は言われます。このような時代であるからこそ、まことの言葉、まことの神から発せられる言葉が必要なのです。教会は、小さな群れです。力がなさそうです。しかしイエス・キリストは「小さな群れよ、恐れるな」と言われました。ユダヤ教の時代から、正しいことは常に少数の選ばれた神の民から始まりました。わたしたちも、神から選ばれた者として、まことの神ヤハウェの言葉に勇気をいただいて、力強く生きましょう。そして、わたしたちもまた人を生かす、人を励ます、人に勇気を与えることばを伝え、共に支え合ってこの世を生きて行きましょう。