2024年1月19日 招きに応えて 小田哲郎伝道師
(要約)イエス・キリストは権威ある言葉をもって弟子を招かれます。そして選ばれるのは、力なく、無学で、弱いからこそです。「わたしなんて」と尻込みすることはありません。イエスさまの招く声に応えてイエスさまに従い歩みましょう。
(本文)マタイによる福音書4章18-25節
イエスは洗礼者ヨハネから洗礼を受けて鳩のような聖霊を受け、聖霊に導かれて荒れ野に行き40日間の悪魔の誘惑を受けましたが、イスラエルの民がエジプトから主なる神に救い出されてから荒野を歩んだ40年で失敗したような、神に背く罪を犯さず悪魔を退けました。そしてガリラヤ地方で宣教を始めたイエスは、まず4人の漁師を弟子にしました。この最初の弟子たちの召しの物語は四つの福音書に含まれていますが、それぞれ少しずつ違っています。
マタイによる福音書では、さきほど朗読で聞いたように、ペトロと呼ばれるシモンと兄弟のアンデレ、そしてさらに進んでゼベダイの子のヤコブとヨハネの兄弟にイエスは声をかけ、彼らは従いました。マルコによる福音書もほぼ同じような物語として描いています。マタイによる福音書はマルコによる福音書を下敷きにしていると言われるのです。
ルカによる福音書はシモン・ペトロが漁をしているところで声をかける前に、シモンの家に入り高い熱に苦しんでいたシモンのしゅうとめをイエスが癒した物語を置いています。イエスすでに各地で病気を癒し、癒し主であるイエスを求めて群衆がイエスを探し回っている様子が、漁師たちの召命の物語の前に置かれています。そしてルカ版の物語では漁師たちが夜通し漁をしても何もとれなかったのですが、イエスは「沖へ出て網をおろしなさい」というと、網に破れそうになるくらいの大漁の魚がかかったという奇跡の物語があります。そして、イエスはシモンに「あなたは人間をとる漁師になる」と言い、シモンとゼベダイの子ヤコブとヨハネは網を捨ててすぐに従ったのです。ルカ版にはペトロの兄弟アンデレがいません。しかしヨハネによる福音書では、アンデレが洗礼者ヨハネの弟子で、洗礼者ヨハネがいう「世の罪を取り除く神の小羊」だとイエスを指摘するを聞いてイエスに従い、そして兄弟のシモンをイエスのところに連れて行ったのです。ヨハネ版にはゼベダイの子たちではなくフィリポとナタナエルという人たちが次に弟子になってイエスに従ったことが書かれています。これらの違いは事実としてどちらが正しいいうことよりも、福音書記者のいる教会の背景がアンデレの福音宣教の影響が強いか弱いか、エルサレムの教会を中心とするユダヤ人クリスチャンが多いかそれとも異邦人クリスチャン中心なのかといったことによると考えられています。
マタイによる福音書に戻ると、このマタイの物語にはルカ版のような奇跡を間のあたりにしたり、洗礼者ヨハネによるメシアとの指摘もなく、ただイエスの言葉だけがあります。「わたしについてきなさい。人間をとる漁師にしよう」。するとペトロとアンデレはすぐに網をすてて従った、とあります。イエスの言葉には権威があり、「わたしについてきなさい」と言われれば、「ちょっと待ってください。まだやる事があるんです」とか「いやいや、若くて私には経験がなくて」とか言い訳を言うこともできないような、オーラが出ていたんでしょう。イエスの言葉に彼らは従った、すぐにそれまで自分の生活を支えていた仕事道具である網を捨て、イエスに従う新しい道を踏み出したのです。
先週25年ぶりに名古屋の教会で青年時代を一緒に過ごした友人が連絡をくれてすぐに会いました。クリスマス礼拝にも別の名古屋教会時代の友人がひょっこり現れてびっくりし嬉しかったのですが、クリスマスの主日礼拝の説教で名古屋教会の今は亡き戸田伊助牧師のインマヌエルの話をとりあげたと思ったら、この通りで天国の戸田先生が引き合わせてくれたのではないかと思うくらいです。それはさておき、そんなに久々に会うと昔話に花が咲くわけですが、当時は私も大学を卒業して働き始めたばかりでばかりでしたし、まだ独身で仕事と教会以外には何もないような生活でしたから、やはりどうして牧師になったの?という話になります。その友人は、現在西東京教区の教会で教会学校の教師もやっているので、2022年の「教師の友」に掲載された私が神学生時代に書いた文章を読んでくれていたので、献身して神学生になったことは知っていましたが、やはり「どうして?」とそのきっかけを聞かれました。
以前も説教でお話ししたことがあると思いますが、10年前にイスラエルを旅行したんですね。バンコクの日本語教会の50周年記念行事として私が企画したのですが、費用の事や仕事や家族のことなどもあり教会員の中で参加できたのは一組の夫婦で、私も自分の家族は子どもが小さかったので参加できず、日本の両親を誘って参加しました。それでようやくツアーが成立しました。ちょうど今日からイスラエルとパレスチナ・ガザ地区のハマスとの期間を区切った停戦協定が発効となりますが、今はイスラエルに旅行で行けませんね。ちょうどその時は10年前のガザ地区へのイスラエルによるミサイル攻撃が始まるちょっと前で、そしてユダヤ教の過ぎ越しの祭りに重なった時期でした。私たちはナザレ、ガリラヤ湖、死海、エルサレムとパレスチナ自治区のヨルダン川西岸地区のエリコやベツレヘムと言ったイエスさまの活躍された聖書に出てくる所を訪問することができました。当時もエルサレムの市街地で爆弾騒ぎがありましたがまだ平穏でした。
旅の中でも最も印象深いのはガリラヤ地方で、カファルナウムの町の遺跡やイエスさまが山上の説教をしたと言われる丘です。またガリラヤ湖畔に立った時、復活のイエスが故郷に戻って漁をしていた弟子たちに現れて、魚とパンを焼いて朝食を準備してくれた場所、シモン・ペトロに三度「私を愛しているか?」と聞き「私の羊を飼いなさい」と言われたその場所に教会が建っております。そこで、そのヨハネによる福音書21章をツアーガイドのバラさんとよばれた日本人ガイドさんが聖書の言葉を読んでくださったのを聞いて、わたしは復活のイエスさまの声を聴いたと思いました。「わたしの羊を飼いなさい。はっきり言っておく。あなたは若い時は自分で帯を締めて、行きたいところへ行っていた。しかし、年をとると、両手を伸ばして、他の人に帯を締められ、行きたくないところへ連れて行かれる」この言葉が、わたしの心に深く刻み込まれました。
そして翌年、会社を辞める決心をした時に祈ったんですね「神学校へ行くべきでしょうか?それとも、バンコクに残って今いる日本語教会で長老としての奉仕を続けるべきでしょうか?」と、するとすぐにタイでの次の仕事、人身取引被害者の保護のプロジェクトでの契約が与えられて、これはバンコクの教会に仕えなさいということだと思いました。そうして契約期間があと1年という時に、そのイスラエル旅行に一緒に行ったご夫妻の奥さんの方が日本で神学校の神学生になっておりその献身の証を聞く機会があって、私も神学校に行くという明確な思いを抱くようになったのです。これはイエスさまが招いてくださっているのだと、ガリラヤ湖でのイエスさまの声を思い出したのです。
その話を聞いて友人はやっぱり聞きました「その時、奥さんは仕事を辞めて神学校に行くことを賛成してくれたの?」賛成したから今も一緒に礼拝に与ってわけですが、仕事をやめて神学生になると言われれば、牧師になると言われたらそれは心配になりますよね。どう思ったかはご本人に聞いていただければと思いますが、皆さんご承知の通り、子どもたちも学校に行けていますし、こうしてこの教会に招聘されて日々家族共々生かされています。それが「他の人に帯を締められていきたくないところへ連れて行かれる」と言いたいのではありませんので、誤解なきよう。
そうして友人と話している中でいろいろこの四半世紀に起こったことを思い起こしたのです。何もイエスさまの招く声、神様の導きの声を聞いたのは、あの一回だけではなかったと。
そもそもタイで働くことになったのもまさに神様の導きでしかなかったのです。その友人と最後に会ったのは、彼によると結婚直前だったようです。結婚してすぐにイギリスに2年留学して、戻って来てから留学で自身がついた私は自分を過信してバリバリ働き過ぎて鬱病になり、それでも会社を休ませてもらえず半年の海外出張に出たりしていました。その仕事が終わったら会社を辞める覚悟をしていた時に、タイのバンコク支店への駐在の話が突然舞い込んできました。その時のバンコク支店長が今の私の年齢と同じだったのですが、病気で急逝し、その方のやっていたプロジェクトの責任者の後任として、当時まだ弱冠35歳だった私に白羽の矢が立ったのです。鬱病の私に責任の重い仕事で駐在させることに反対する上司もいましたが、私はこれは神様が私を救い出してくださろうとしていると思い、タイ好きの妻も賛成し駐在することを承諾しました。実際、日本の会社を出てタイ人ばかりと仕事を始めてみると、鬱病もうそのように治ってしまったのです。
そんな風にして何度かイエス様、神様が招く声をきいたように思います。自分だけでなく、他の人を招くようにと促す声もあります。祈っているときにふと最近教会に来ていない求道者の方の顔が浮かび、教会に誘ってみると久しぶりに教会にいらっしゃって、そこから熱心に通われてすぐに洗礼を受けられた求道者の方もありました。私が声をかけたのは仕事で深い悩みがあったタイミングだったそうです。この教会に招かれてからも幼稚園のことでも、同じようなことがありました。それは私が言ったからではなく、それが神様の招きだと感じて、受け取って、神様の招きに応える決心をなさったのだと思います。
さて、同労者である4人の弟子を得たイエスはガリラヤ中を回って、ユダヤ教の会堂で聖書の教えを説き、旧約聖書の預言がイエスさまを証することや、律法の大切なことは神を愛し、隣人を愛することなどの教えであり、ローマ帝国の力による支配が打ち破られ神様の愛と平和による支配である神の国が近づいているという福音を宣べ伝えました。そして、苦しんでいる人たち、差別されている人たちの元へと出向きありとあらゆる病気や障がいや苦しみを癒されたとあります。その評判が広がって、イエスさまに会いに、そして病気や障がいを癒してもらうために家族や友人をつれて、いろんな地方から人々がイエスのもとに集まってきました。この箇所を読むときに、病の癒しの奇跡がどのようにして起こったかを詮索する必要はないでしょう。イエスさまは彼の持つ権威、権威あることばで教えを語り、権威あることばで病をいやしてくださいます。福音書の中では、その権能を授けられた弟子たちが、二人ずつ組になって村々を回り福音を宣べ伝え悪霊を追い出したり病をいやしたことが書かれていますし、使徒言行録にはペトロたちがイエス・キリストの名によって足の不自由な人を立ち上がらせた記事が収められています。イエス・キリストの力ある言葉を、この最初に招かれて従った弟子たちは間近で目撃し、彼らも自分たちがなぜイエスの言葉にすぐに従って、それまでに生活を仕事を家族を捨ててイエスと行動を共にしているかを十分に感じたことでしょう。
イエス・キリストの権威ある言葉によって私たちの人生は変えられます。イエスさまの招きに応えるとき、それまで自分の力ではなしえなかったようなことが起こります。わたしもそのことを自分の人生・体験を通して、この教会での1年の出来事の中にも感じています。そして、イエス・キリストの名によって病や差別や苦しみから解放されることを信じます。病気が治癒したり、障がいが治ることが必ずしもおこらなくても、不安や死の恐怖から解放され平安のうちに生きることができると、一人ではない、孤独ではないイエス・キリストが共にいて、主の家族が共に祈っていることを福音として伝えたいのです。
あの最初の4人の弟子たちは漁師でした。力持ちだったかもしれませんが、地位や権力はありませんでした。無学だったことでしょう。そんな人たちにイエスは「わたしについてきなさい。人間をとる漁師にしてあげよう」と、声をかけたのです。そして実際、ペトロもアンデレもヨハネもヤコブも復活のイエスと出会ってからは、世界中に福音を伝えました。12弟子だけではありません。パウロもコリントの信徒に向けていいます。「あなたがたが召されたときのことを思い起こしてみなさい。人間的に知恵のある者が多かったわけではありません。神は知恵ある者に恥をかかせるため、世の無学な者を選ばれました。」神様はこの世界を変えるために、あえて小さい者、弱い者、無学な者を選ばれ、共に働こうと招かれるのです。「わたしなんかに」と謙遜して断る必要はありません。「そんな能力はない」としり込みする必要もありません。そんなあなたを神さまはあえて選ばれるのです。
あなたにイエスさまの招く声は届いていますか?