2025年4月20日復活日 死者からの復活 吉岡喜人協力牧師
(要約)マグダラのマリアは空の墓の中に主イエスを求め続けました。しかし、死が支配する墓の中に主イエスはいません。主イエスは神の支配する世界にいるのです。わたしたちの目の向きを死の世界から生の世界に変えるのがイースターです。
ヨハネによる福音書20章1節~18節
ホサナ、ホサナという群衆の歓呼に迎えられてエルサレムに入られた主イエスは、弟子たちと共に過越祭の食事をしました。過越祭は、イスラエルが主なる神に守られてエジプトから脱出したことを記念し、神に感謝するユダヤ教の最も大切な日です。
食事の席につくと、主イエスはユダヤ教の過越祭の食事の作法に従い、種入れぬパンを取り、賛美の祈りを唱えてパンを裂き、弟子たちに与えました。そして言われました。「取りなさい。これはわたしの体である。」また杯を取り、感謝の祈りを唱えて弟子たちに飲ませて言われました。「これは、多くの人のために流されるわたしの血、契約の血である。」
この後、主イエスは捕らえられて十字架で体を裂かれ、血を流すことになりますが、弟子たちは主イエスが言われたことを理解しませんでした。
食事の後、主イエスはゲッセマネの園で祈りました。長い祈りでした。祈りが終ったとき、祭司長たちが兵士を連れてやってきて、主イエスを捕らえて大祭司の元に連行しました。弟子たちは、兵士たちを恐れてことごとく逃げてしまいました。「あなたのためなら命を捨てます」と言った弟子たちでしたが、主イエスを守ろうとする者は一人もいませんでした。その後、主イエスはローマ総督のピラトのもとに送られ、十字架による死刑に処せられることになったのです。主イエスは手足に釘を打たれ、頭には茨で作った冠を被せられて十字架の上にあげられました。
十字架刑は、長い時間苦しむ過酷な刑です。十字架の下にはマグダラのマリアほか何人かの女性の弟子たちがいて、主イエスを見守っていました。やがて主イエスは、十字架の上で息を引き取りました。兵士が槍で主イエスの脇腹を突きました。金曜日の午後3時ごろでした。あと数時間で日没です。日没になると安息日に入り、遺体を十字架から降ろせなくなります。議員のアリマタヤのヨセフが勇気をもってピラトに遺体の引き取りを申し出ました。ニコデモも没薬をもって来ました。大急ぎで主イエスを十字架から降ろし、遺体に香料と没薬を塗り、亜麻布で包んで、墓に納め、入り口を石で塞ぎました。日没となり、安息日になりました。
律法の規定により、安息日には家の中にいなくてはなりません。マグダラのマリアは、気持ちが落ち着きません。主イエスの死は突然でした。あれよ、あれよという間に事が過ぎて行きました。主イエスを十字架から降ろすことはできたものの、日没までの時間がない中、ニコデモが持ってきた没薬と沈香を混ぜたものを主イエスに塗り、亜麻布で包んだとはいえ、大急ぎで墓に納めたので、丁寧な葬りができませんでした。主イエスの死を十分に悲しむ時間がありませんでした。主イエスと過ごす時間がもう少し欲しかったという気持ちがあったでしょう。あまりにも急にことが運ばれたので、マリアの気持ちは追い付いていませんでした。
マリアの気持ちはとてもよくわかります。もし自分の家族が亡くなって数時間後に、葬儀もせずにそのまま葬るとしたら、わたしたちも気持ちがついて行かないでしょう。なんとか早く墓に行って、主イエスの体に丁寧に香油を塗って差し上げたい。マグダラのマリアは安息日が終わるのを今か今かと待っていました。
土曜日の日没で安息日が終わりました。しかし、エルサレムを取り囲んでいる城壁の門は、夜明けまで開きません。やがて空が白々と明るくなりました。マリアは香料を持ち、城門が開くやいなや墓に向かって走って行きました。墓に着きました。マリアは驚きました。墓の入り口を塞いであった石が取り除けられているのです。恐る恐る中を覗き込むと、安置したはずの主イエスの遺体が見えません。マリアは急いでエルサレムに戻り、隠れていたペトロともう一人の弟子にこのことを告げました。「主が墓から取り去られました。」ペトロともう一人の弟子が急いで墓に駆け付けると、確かに墓は空でした。2人の弟子は不思議に思いながら家に帰りました。
残されたマリアは、墓の外で泣いていました。マリアは本当に主イエスがいないか、もう一度墓の中を覗き込みました。するとそこに天使がいるのが見えました。天使はマリアに言いました。「なぜ泣いているのか」マリアは答えて言いました。「わたしの主が取り去られました。」その時、後ろに人の気配がするので振り返ると、男の人がいました。彼がマリアに「なぜ泣いているのか」と尋ねるので、マリアはその人が墓守だと思って言いました。「あなたがあの方を運び去ったのですか?そうならどこに置いたのか教えてください。わたしが引き取ります。」この時代のユダヤの墓は岩をくり抜いた横穴式で、大変に高価なものでした。よほどの金持ちでないと墓を所有することはできません。アリマタヤのヨセフの計らいで一時的に墓を使わしてもらったが、墓守が遺体を墓から出して、どこかに持って行ったのだろうとマリアは思ったのです。
その時、墓守だと思っていた人が「マリア」と自分を呼んだのです。あの主イエスの優しい声です。主イエスだ、と気づいたマリアは主イエスに「ラボニ」と呼びかけたのです。ギリシア語で書かれている新約聖書がわざわざアラム語で「ラボニ」と書いたのは、弟子たちが主イエスを呼ぶときにいつも使っていた言葉で、マリアが実際に口にした言葉だからです。一般的に先生ということではなく、弟子としていつも一緒にいたあの主イエスを、親しみを込めて「ラボニ」と呼んだのです。
主イエスの弟子には何人ものマリアがいました。区別するためにマグダラ出身のマリアはマグダラのマリアと呼ばれていました。主イエスの墓に最初に行った女性たちの名前は福音書によって多少違いますが、4つの福音書に共通して登場するのがマグダラのマリアです。マグダラのマリアが主イエスの弟子となったのは、主イエスが悪霊を追い出してくださったことからでした。何らかの精神的疾患を癒していただいたのでしょう。彼女は自分の財産を捧げて主イエス一行に奉仕をするようになったのです。(ルカ8:2-3)
マグダラのマリアは、主イエスの死後も主イエスの弟子として福音伝道に携わり、初代教会の中心的なメンバーの一人だったことは確かです。マリアは、主イエスとの出会いから、主イエスの言葉、主イエスのなさった奇跡などの多くの出来事、特に十字架の主イエスについて熱く信徒たちに語ったでしょう。
自分の病を癒してくださった主イエスを、マリアは心の底から尊敬し、主イエスの伝道のために、弟子の一人として、身を挺して働いていました。「あなたのためなら命を捨てます」と言いながら、実際には逃げ出してしまった弟子たちとは異なり、主イエスが十字架に上げられ、息を引き取るまで、さらに墓に納めるまで見届けた人です。肝っ玉の据わった女性です。
しかし、主イエスが死んでしまったことで、マグダラのマリアの人生の柱が折れてしまいました。この後、自分はどう生きればよいのだろう。マリアは、生涯、主イエスを弔らおうと、それが自分に与えられたこれからの人生だと決意していたのです。それゆえ、安息日が空けると、いち早く主イエスの墓に駆け付けたのです。しかし、主イエスの遺体が取り去られてしまった。弔う対象がなくなってしまった。マグダラのマリアは、生涯主イエスを弔うという人生の目的を見失ってしまったのです。だれがわたしの主イエスを取り去ってしまったの、返して、という感情でマリアの心は一杯でした。
マリアは何度も墓の中を覗き込みました。信じたくない、本当に主イエスの遺体がないか、何度も確かめようとしました。しかし、墓の中に主イエスの遺体を探すことは、死が支配する世界の中で主イエスを探すことです。
マリアが背後に人の気配を感じ、振り向いて「マリア」と呼びかける声に、「ラボニ」あ、先生、と答えたこの短い会話は、死の世界の中に主イエスを探していたマリアの目を180度生きる世界へと向きを変えさせたのです。主イエスは死が支配する世界ではなく、神が支配する世界にいることにマリアは目を開かれたのです。
今日、細坪宗利さんが洗礼をお受けになりますが、洗礼とは、人生の向きを、神の方に180度向き変えて歩み出すことです。マリアのように、罪と死の支配するこの世界から、神の支配する世界へと目の向き、歩む向きを変えることです。
わたしたちはこの世に生まれてきたからには、必ず死にます。早い死もあれば、ゆっくりした死もあります。例外なく死は誰にでも訪れます。しかし、人は死で終わることはありません。死とは、地上の歩みを終えて、神の国の歩みを始めることです。神の国の歩みには終わりがありません。永遠に続くのです。
イースター、それはわたしたちが死の国を歩むのではなく、神の国を歩む者であること、死の国から神の国へと見る目の向きを変えること、このことを主イエスが死者からの復活によって示してくださったことを喜び祝う日です。