2025年7月13日 分かち合う共同体 小田哲郎伝道師
(要約)初代の教会は心を一つにし思いを一つにすることで、物や所有物への執着心を放棄し、共同体全体と貧しい人の必要のために奉仕や献金することができました。私たちの教会も礼拝を献げるところから思いを一つにしてこれからの歩みを考えていきたいものです。
(説教本文)使徒言行録4章32-37節
私たちの南三鷹教会は先週8日が創立記念日でした。73年前の1952年7月8日に上連雀の農家の相田さん宅の一室で始まった久山峰四郎牧師と米軍将校のフィッシャーさんによるバイブルクラス、聖書研究会がその始まりであると、南三鷹教会史には書かれています。まさに使徒言行録やパウロの書簡に出てくる家の教会のようです。
本日は使徒言行録に記された最初の教会の姿に学びながら、私たちの教会のこれからのあり方について神さまのみ旨はどのようなものであるかを聞いていていきたいと思います。
ペンテコステにエルサレムで聖霊を受けた12人の使徒たちは、聖霊の力を受けて十字架につけられたイエスの復活という神の偉大な業を証しして、それを聞いていた3千人ほどが、イエス・キリストの名による洗礼を受けて信者となりました。その後の様子はこのように書かれています。使徒言行録の2章43節以下には「使徒たちによって多くの不思議な業としるしが行われていた。信者たちは皆一つになって、全ての物を共有にし、財産や持ち物を売り、おのおのの必要に応じて、皆がそれを分け合った。」と書かれています。そして「こうして、主は救われる人々を日々仲間に加え一つにされたのである。」と信者の数がどんどん増えていく様を描きますが、同様のことが本日の4章、5章にも物語の合間に挟みこまれていて、使徒による宣教が広がっていく様を描こうとしています。
これを読むと原始キリスト教共産制とも呼ばれたりしますが、個人所有を放棄して全ての財産が共同体の共有物になり、そこから共同体の全員に食べるものが配られているようにも思えるのですが、本当にそのようなことができたのでしょうか?それが理想として描かれているのでしょうか?
何となくその姿は現代のカルト宗教のように家庭を捨てて共同生活をしたり、全財産とも言えるほどの献金を強いるようなことをキリスト教も初期にはやっていたのでしょうか?決してそうではありません。
4章32節には「信じた人々の群れは心も思いも一つにし、一人として持ち物を自分の物だという者はなく、すべてを共有にしていた。」とあります。先ほども言った2章43節には「すべての人に恐れが生じた。使徒たちによって多くの不思議な業としるしが行われていたのである。信者たちは皆一つになってすべての物を共有にし、財産や持ち物を売り、おのおのの必要に応じて、皆がそれを分け合った。そして、毎日ひたすら心を一つにして神殿に参り、家ごとに集まってパンを裂き、喜びと真心をもって一緒に食事をし、神を賛美していたので、民衆全体から行為を寄せられた。こうして、主は救われる人々を日々仲間に加え一つにされたのである。」とあります。
2章43節と4章32節を比べてみると著者であるルカの意図がみられるように思われます。つまり最初の共同生活に関しては、このように比較的簡潔に描かれていますが、4章32節以降になると簡潔ではありますが、2章45節よりも豊かになっています。
例えば2:44と4:32を見ると2:44は「信者たちは皆一つになって、すべてのものを共有にし」とありますが、4:32で「信じた者の群れは心も思いも一つに一人として持ち物を自分のものだと言う者はなく、すべてを共有していた。」と「信じた者たちは皆」から「信じた者の群れは」となっていて、「群れ」 一般的には群衆と訳される言葉使われています。この言葉はギリシアにおいては「市民共同体」の意味を持ち、さらにユダヤ人やキリスト者の間で「宗教的な共同体」を意味するようになったようです。つまりここでは「信じた者の群れ」は教会を意味しているものと理解することができるのです。しかし、この使徒言行録を書いたルカはあえてここで教会(ギリシア後で集会を意味するエクレシア)とは言わないのです。2章44節で「信じた者たちは皆」と多くの個人、4章32節で「信じた者の群れ」といい共同体となったこと、5章11節になって始めて「教会」という言葉を用いて教会の設立過程を語っています。
私たちの教会も農家のお宅の一部を借りての聖書研究会から、この場所に東京女子大学の学生寮の予定地を譲り受けることができ、民家を買って移築して教会ができました。ここに移ってフィッシャー幼稚園もでき10人から始まった幼稚園も教会と共にどんどん発展していきました。しかし、教会というのは信者の数が増えることやこのような立派な建物が建つことが発展ということではないのです。
エルサレムに最初にできたイエスをキリスト・救い主と「信じた者の群れ」共同体はは「心も思いも一つにし」ていたのです。「一つの心」「一つの思いあるいは魂」というのは心と魂を厳密にわけることは難しいのですが、感情と知性とも言えますから感情と考え方において一つ、つまり完全な調和を保っていたということになります。
宗教改革者のカルヴァンはこのことについて「こんなにも大勢の群れの中に、とても容易ではない相互の一致があった」と言い、さらに「これはきわめて少数の者が意見を同じくしているというよりもはるかにすぐれたことであった。(中略)事実、信仰が支配する所では、皆の者が同じ事を願うほど、人の心を信仰が一致させるのだ」と言います。
4章前半において5-7節をみると、「次の日、議委員、長老、律法学者たちがエルサレムに集まった。大祭司アンナスとカイアファとヨハネとアレクサンドロと大祭司一族が集まった。そして使徒たちを真ん中に立たせて、『お前たちは何の権威によって、誰の名によってああいうことをしたのか』と尋問した。
ペトロとヨハネは足の不自由な人を癒やしたときに、このように当時の指導者権力を持つ者たちから尋問されたときにも、彼らは大胆に語り、大胆な態度で臨んだのでした。そして、この一部始終を人々に語ったのでした。
23節以下に「信者たちの祈り」と小見出しがついていますが、まさに心を一つにし祈っています。「さて二人は、釈放されると仲間のところへ行き、祭司長たちや長老たちの言ったことを残らず話した。これを聞いた人たちは心を一つにし、神に向かって声を上げて言った。
そして当時ダビデの祈祷としてよく知られていた詩編2:1-2を引用しています。
なぜ、国々は騒ぎ立ち
諸国の民は空しいことをつぶやくのか。
なぜ、地上の王たちは立ち上がり
君主らは共に謀って
主と、主が油注がれた方に逆らうのか。
そしてその説明が27-28節で行われているのですが、要するに神が油を注がれたメシア・イエスに逆らったことを結びつけています。また、使徒たちやイエスを信じた者たちもまた当時の支配者たちによっていつも目が付けられており、厳しい状況にあったことも見過ごしてはならないことです。
このような厳しい状況にあって、イエスを信じた人々は、このような状況にあったからこそかもしれませんが、彼らはひたすらに、心も思いも一つに祈り神への礼拝をささげていたのです。つまり礼拝を中心とするところ、人間の人の思いを超えて不思議な神の導きの元、つまり神の霊に導かれて「一つ心」、「一つ思い」に生きることができるのです。
まことにキリスト者とは、礼拝共同体であるゆえに、それぞれどんな心、どんな思いでいようと、礼拝を共に献げることによって一つに結ばれ、力づけられ、新たな生活へと力強く歩み始めることができるのです。
はたして、私たちはどうでしょうか?こうして一つの礼拝を献げていますが「一つ心」「一つ思い」とされているでしょうか?
一つ心、一つ思いに生かされているゆえに彼らは「一人として持ち物を自分のものだと言う者はなく、すべてを共有していた」と記されています。
ある神学者は「ここでは信徒たちの私有が前提とされていて、その私有物に対する執着心の放棄(それを「自分のものとは言わなかった」)が実現されて「いっさいのものが共有であった」と言うことになっている。そしてこのような私有物に対する執着心の放棄に基づく精神的一致とその実現が指摘されているのである」と。「私有物に対する執着の放棄に基づく精神的一致」これは強制でも律法でもないのです。強制になったり、そうしなければ救われないと恐れによってそうさせるのではカルトになります。
今日の後の箇所5章のはじめをみるとアナニアとサフィラの夫婦の物語があります。土地を売った代金を全て献金しようと思っていたのですが、土地を売っていざお金を手にすると全てを献げるのはもったいなくなって、一部を自分たちのものとしたのです。ペトロは言います。「アナニア、なぜあなたはサタンに心を奪われ、聖霊を欺いて、土地の代金をごまかしたのか。売らないでおけばあなたのものだったし、また売っても、その代金は自分の思い通りになったではないか。」と語られています。
人間の物に対する執着がサタンに心を奪われることであり、その結果として聖霊を騙すことになるというのです。聖霊なる神を騙すだなんてと思うかもしれませんが、物や金、所有への執着心が神を愛し隣人を愛するというイエスの教えに従えなくする。献金するのはもったいない、礼拝のために休日を潰すのはもったいないという思いや、貧しい人困っている人を助けるために自分の懐を痛める、弱い人と共に生きるために自分も弱くなることを躊躇してしまうということを、新しい命を生き始めたときに受け私たちの内で働く「聖霊」を欺いているというのではないでしょうか。そうさせるのが、あいかわらず手放すことができない執着心だと。
その対比としてその前にはキプロス島出身のバルナバが畑を売った代金を献金したことで称賛されているのですが、彼だって全財産を売ったとは書いていないのです。共同体全体の必要を充たすために財産を売って献金を献げ、共同体の中の食事の分配や周辺にいる貧しい人への支援として用いられ、それがまた新しい命に生きる群れの証し、神の国が到来したという証しになったのです。
ここでバルナバという献金をして教会の群れに加わった人の名前が出てきますが、この聖霊に満たされた信仰のあつい人は後にアンティオケの教会に派遣され、それえまで教会を迫害していたパウロを教会に迎え入れるのに大きな役割を果たします。
ところで、33節をみると前後の関係からすると何か唐突なような思いがします。
使徒たちは、大いなる力をもって主イエスの復活を証しし、皆、人々から非常に好意を持たれていた。
直訳すると「使徒たちは、主イエスの復活についての証しに、非常に大きな力を帰していた。そして、おおきな恵みが彼ら一同の上にあった。」証しをするという言葉に返す・元に戻すという言葉が本来重ねられています。返すというのは税金を納める意味でも使われる言葉なので、神さまからいただいた恵み、イエス・キリストが私たちのために十字架にかかり復活したという恵みに対して返す、応答するという意味での証しなのだと言えます。非常に大きな力というのは力強いとも理解できますが、偉大な力ということで表される奇跡でもあります。その奇跡、使徒たちはイエス・キリストの名によって病人を癒やしたり足の不自由な人を歩けるようにしたのですが、それは信者を獲得するためでもなく、使徒が奇跡を行う力を持っていることを見せつけるものでもなく、ただ神さまの恵みへの応答としての証しにあるのです。
また、新共同訳では「皆、人々から非常に好意を持たれていた」と訳していますが、新しい訳では「そして、神の恵みが一同に豊かに注がれた」としていますし、他の訳をみても人々からの好意ではなく、神の恵みが彼らの上にあったとしているので、新共同訳が2章や5章の民衆全体から好意を持たれていた、民衆は彼らを称賛していた、という言葉に引きずられたのかもしれません。ここでは神への応答として証しをして、それによってさらに大きな恵みが神から与えられたということでしょう。
私たちもこの教会の中で困っている人を助けるための基金があり、また教会員以外人で困っている人たちにもいろいろな形で支援を行っています。フィッシャー幼稚園でも誰でも受け入れようと、頑張っています。それはもちろんクリスチャンではない人々から称賛を受けるためではなく、神さまを証しし、イエスさまによって宣言された神の国がここに始まっていることを証しするものです。誰もが神さまによって愛され、救いに招かれていることを示すためです。それが可能になるのは、そのための献金や奉仕が疲れることなく、義務感でもなくできるのは、「一つ心」、「一つ思い」によって教会が一致できるからです。その物への執着を放棄して精神的一致をもたらすのが礼拝なのです。
私たちは礼拝する共同体だということから始まるのです。それがないところ一致のないところ、礼拝のないところでの慈善の行いはどこかで破綻があり、執着心によってサタンに誘惑され神を騙すことになりかねません。神を証しすることとしての奉仕の業を行うとき、神さまからの恵みが豊かに注がれるのです。
私たちもこれからの教会の歩み、フィッシャー幼稚園の歩みを考える時、まず礼拝をする共同体というところから始め、神の声に聞き、私たちの執着を放棄して一致して進みたいものであります。