2022年9月18日 生涯のおくりもの 吉岡喜人牧師

(要約)不完全な(罪のある)人間の集まりである教会にはいろいろな問題が起こります。しかし、福音に反する教え、偽の福音には厳しい対処が必要です。パウロはそのようなことをする者は呪われよとさえ言っています。

(説教本文)ガラテヤの信徒への手紙1章1節~10節

 先週の主日礼拝にはコリントの信徒への手紙が与えられました。森永憲治牧師から、コリントの教会の中で対立や分裂といった問題が起こっていたことが話されました。そのことで心を痛めたパウロは、人は皆一人一人異なっている、神様からそれぞれ違う賜物を与えられている、むしろ違うことに価値がある、だから違うことで争うことは止めよう、キリストにおいて一致しよう、というパウロの呼びかけが書かれたのがこの手紙であると語られました。
 
 今日の聖書の舞台はガラテヤという場所にある教会ですが、ここでもコリントと同様、教会内で問題が起こっていたようです。おそらくパウロは何度も手紙を書いたのではないかと思われます。3章1節に「ああ、ものわかりの悪いガラテヤの人たち」とため息とも怒りともとれる言葉をパウロは口にしていますから、よほどのことだったのでしょう。

 教会は神の国、天の国のことを語っているのに、いろいろな問題があることは事実です。これはキリスト教に限ったことではありませんが、なぜ理想を求める宗教団体にも問題があるのかというと、不完全な人間の集まりだからです。人間の不完全さを聖書は「罪」と呼んでいます。創世記のエデンの園の物語は、そのいきさつを物語っています。罪ある身となってエデンの園を追われて地上で生活しているのがわたしたちなのですから、人間の集まりである教会でも問題が起こるのは当然と言えないことはありません。

 しかし、問題があるからお前たちはダメな存在だ、といって、神は私たちを切り捨てるようなことはなさいません。罪があっても、救いを真剣に求める者を神は決してお見捨てになることはありません。だからといって何もしないでよいということでもありません。罪を自覚し、悔い、改めようとすることは、救いに不可欠です。しかし、それでも罪を完全に消すことができない。そのような弱い存在であることを知ること、そこから謙虚に、かつ真剣に神に救いを求めること、そのような姿勢を神が見過ごされることはないのです。

 今日のガラテヤの信徒への手紙でも、先週のコリントの信徒への手紙でも、新約聖書にはほかにも教会で起こる問題が沢山書かれていますが、それはまず、わたしたち人間が問題を起こす不完全な存在であることを自覚させるとともに、問題を解決する知恵が書かれているのです。その知恵は、完全な方、神から出てイエス・キリストによって私たちに与えられるのです。
 
 わたしはフィッシャー幼稚園の園長を兼任していますが、幼稚園では、おもちゃの奪い合いなどこどもの間にいろいろな問題が起きます。問題が起きない日はありません。大切なことは問題をなくすことではありません。問題を解決することです。たとえばおもちゃの奪い合いが起きれば、誰かが泣きます。泣くということは激しい感情の表現です。そのようなことが起きた時、どうすれば解決できるのか。一番大切なことは、相手を思いやる気持ちです。幼稚園の先生方は、けんかはだめ、というのではなく、どうすればケンカしないで仲良く遊べるようになるかを提案します。相手の気持ちを汲むことを諭します。譲ることを提案します。このような経験を積んで、こどもたちは心が成長して行くのです。けんかも子どもの成長にとって必要なことなのです。
 教会で起きる問題も同じではないでしょうか。問題は起こるのです。なくなることはないでしょう。その問題を乗り越えることで、教会は成長するのです。ガラテヤの信徒への手紙やコリントの信徒の手紙に書かれたことは、問題をどのように解決して教会が成長するのか、神の知恵が書かれているのです。

 では、ガラテヤの教会では、どのような問題が起きていたのでしょうか。いわゆる異端問題です。キリストの福音を正しく受け止め広めようとせず、人間的な思いで間違った福音あるいは偽の福音を伝える人たちがいたのです。本来のキリストの福音は人を救うものです。4節「キリストは、わたしたちの神であり父である方の御心に従い、この悪の世からわたしたちを救い出そうとして、御自身をわたしたちの罪のために献げてくださったのです。」これがキリストの福音です。しかし間違った福音や偽の福音は人を救うのではなく、破滅に引きずり込みます。ですから、8節でパウロは厳しく「たとえわたし自身であれ、天使であれ、わたしたちが告げ知らせたものに反する福音を告げ知らせようとするならば、呪われるがよい。」さらに9節でも呪われるがよいを繰り返しています。呪いという激しい言葉を使わなければならないほど、異端問題、偽福音問題は大きな問題なのです。

 今日の聖書個所を読んですぐに頭に浮かんだことは、今、日本中を騒がせている「世界平和統一家庭連合」問題です。ご存じでしょうが念のためお話しておくと、この団体は韓国の文鮮明という人が始めた団体で、かつては「世界基督教統一神霊協会」という名称でした。略して「統一教会」と呼ばれていました。「原理研究会」という名称で大学などに入り込み、まじめな学生たちを勧誘していました。キリスト教を名乗っていましたが、救われるためには絶対に必要と言っては高価な壺などを買わせたり、花を売り歩かせたりさせていました。また若い男女を本人たちの意思はまったく無視して、神が合わせてものとして結婚させていました。合同結婚式に呼び集められた何百組の男女が、その日に初めて会った相手と結婚させられたのです。一旦入会するとマインドコントロールを受けるため、脱会が大変に困難であることも大きな問題でした。これらのことが批判されるようになると、名称を「世界平和統一家庭連合」と変えましたが、霊的な救いを謳って引込、マインドコントロールして多額の金銭を巻き上げるという実態は変わっていません。
 昨日、いくつかのことを確かめるためにインターネットで検索したところ、連合のホームページを先頭に、各地の統一教会がずらずらと表示されました。インターネットに詳しい方はご存知でしょうが、検索の上位に来るのは検索数が多いからです。これは統一教会の信徒が手分けして、なんどもなんども検索しているからです。驚くべき動員力を持っています。

 この団体がしたたかに政治に結びつき、政治家も彼らを利用したことが、安倍元総理大臣襲撃事件から浮かび上がってきたのです。動員力を利用して、選挙の手伝いをしていたのです。かかわっていた議員の多さに驚きますが、ボスが率先して行っていたので、やらなければ損ということだったのでしょう。議員たちがこの団体の実態をしらなかったはずがありません。もし本当に知らなかったのであれば、議員の資質に欠けると言わざるを得ません。
 
 ほかにもキリスト教を標榜していながら、真の福音に反する団体がいくつもあります。これらに対しては厳しく対応せざるを得ません。今週の土曜日9月24日に西東京教区社会部主催の勉強会がオンラインで開かれます。長年この問題に関わってきた荻窪教会の小海基牧師が講演します。申し込み制で、申し込み締め切りは昨日でしたが、間に合うかもしれません。ロビーにパンフレットが置いてあります。わたしたちにできることは、これらの反福音、偽福音を語る集団のことを知り、人々が迷い込まないように、正しい福音、キリストの福音を伝えることです。

 福音とは「この世の悪からわたしたちを救い出そうとして、御自身をわたしたちの罪のために献げてくださった」イエス・キリストのことです。福音を曲げる者、偽の福音を告げる者は呪われるでしょう。わたしたちは、反福音、偽福音を乗り越え、「神と主イエス・キリストの恵みと平和」があるようにと、まず自らキリストの福音をしっかりと聞き、ほんもののキリスト福音を世の人々に伝えましょう。