2019年9月22日 主の弟子として生きよう 吉岡喜人牧師

主イエスは弟子になろうとする者に、覚悟を問いました。自分の家族や自分の命、自分の持ち物以上にイエスを愛するか。イエスと共に待ち受ける困難に立ち向かって人々に救いの希望を与える者になるか、と。

(説教本文)ルカによる福音書14章25節~35節

 主イエス・キリストは30歳ごろ、自分が神の子であることを神から知らされ、人々を救うために、すなわち天の国へ導くために身を粉にして働かれました。それは、3年ほど、あるいは1年ほどの短い期間でした。主イエスがガリラヤのナザレ村でマリアとヨセフの子として過ごした期間に対して、この数年間を公の生涯、「主イエスの公生涯」と呼ぶことがあります。主イエスは公生涯の多くを、故郷のガリラヤ地方ですごされました。ガリラヤには、ガリラヤ湖あるいはゲネサレト湖と呼ばれる大きな湖があり、主イエスはこの周辺の町や村に神の国、救いを宣べ伝えたのでした。

 「一人でも多くの人々を救いの道に招きたい」この目的を確実に行うため、主イエスは一緒に神の国のために働く仲間を募りました。ガリラヤ湖で漁師として働いていたペトロ、アンデレの兄弟、またヤコブ、ヨハネの兄弟を招くと、彼らは直ぐに一切を捨てて、主イエスの弟子になりました。主イエスは弟子たちを伝道者として教育し、ガリラヤの町や村に派遣しました。いわゆる12弟子だけでなく、多くの人が主イエスのもとに来て、主イエスと共に神の国のために働く同労者になりました。ルカによる福音書10章には72人という数字もあります。数字の確かさはともかく、多くの人々が主イエスの仲間として、弟子として、同労者として働いたのです。

 やがて主イエスの評判がガリラヤ中に、いやユダヤ全土に届き、主イエスが行く所にはいつも大勢の人々が押しかけるようになりました。主イエスの話を聞きたい。神の国のことを聞きたい。天国に入りたい。中には、主イエスの後を追う人もいました。主イエスの弟子になることを願い、許されて主イエスと共に過ごすようになった人もたくさんいました。

 なぜ、人々はこのように主イエスの話を聞きたかったのでしょう。彼らは全員生まれながらにしてユダヤ教徒でしたが、ユダヤ教の教えを本当には教えられていなかったのです。ユダヤの各地には神殿があり、人々は神殿で礼拝をしてはいましたが、生活習慣としての礼拝だったのでしょう。また、神殿税を治めなくてはならず、礼拝でささげる犠牲の動物も、人口のほとんどを占める貧しい人々にとって、ユダヤ教徒であることは経済的に大きな負担でした。安息日に働いてはいけないことなど律法の義務だけは知らされていても、神の愛、神の国については、ほとんど知らなかったのです。貧しい大衆に教える人がだれもいなかったのです。ですから彼らが主イエスから神の国のこと、救いのことを聞いたとき、律法の規定の背景に神の愛があることを知ったとき、その喜びがいかに大きかったか。もっと主イエスの話を聞きたいと人々が思うのは、当然だったのです。

 主イエスの時代から1500年後、宗教改革が起こりましたが、そのときも同様の状況でした。全ての人がキリスト教徒であることが当然とされていましたが、人々の多くはキリスト教のことをきちんとは教えられていませんでした。文字を読めない人が大部分で、しかも聖書はラテン語で書かれており、礼拝もラテン語行われるので、何を言っているのかわからない、聖餐は司祭がパンを食べ杯から飲むのを会衆は見るだけという礼拝でした。ですから、ルター、カルバンなどの宗教改革者が、ドイツ語、フランス語などで聖書を読み、説教し、一人一人がパンを食べ杯から飲む礼拝がいかに新鮮だったか、人々が義務としてではなく喜びをもって礼拝に参加したことは容易に想像できるのではないでしょうか。

 話を聖書に戻しましょう。主イエスはこの日も人々に神の国の話をしました。話が終わり、解散しましたが、多くの人々がその場に残り、主イエスの後について来ました。主イエスについて来た人々の中には、主イエスに病を癒してもらいたいと思っている人、主イエスが再びパンの奇跡を起こして、腹一杯パンを食べることを期待してついて来た人もいたかもしれません。その中には、主イエスの弟子になりたいという思いを持ってついて来た人もいました。主イエスはついて来た人々に話しかけました。「わたしについて来たいと思うのか?わたしの弟子になりたいと願うのか?それなら、」といって主イエスは3つのことを言われたのです。

1つ目は26節、父、母、妻、子供、兄弟、姉妹を、更に自分の命をも憎まなくては、弟子にはなれないこと。

2つ目は27節、自分の十字架を背負ってついて来るのでなけらば、弟子にはなれないこと。

3つめは33節、自分の持ち物を一切捨てなければ、弟子になれないこと、です。

26節の「父、母、妻、子供、兄弟、姉妹を、更に自分の命をも憎まなくては、弟子にはなれない。」については、少々解説が必要と思います。なにしろ、愛すべき自分の家族、さらには自分の命を憎めと言うのです。家族を憎めとはおかしいのではないか?なぜこのようなことを言ったのだろうか?

実は、この当時、ユダヤだけでなくこの地方一帯の言葉の使い方として、ものごとを比較して表現するとき、「愛と憎しみ」が比喩に用いられたそうです。「あの人は○○を愛して、わたしを憎んでいる」とは、「わたしより○○をより愛している」という意味になるということのようです。ということは、主イエスの言葉の意味は、「弟子になるのであれば、肉親や自分の命以上に、わたしを愛することができるか。」と、弟子になる覚悟を問うたということなのです。そういえば、ペトロ・アンデレの兄弟が主イエスから弟子に招かれたときも、彼らは「舟と父親を残してイエスに従った」(マタイ4:22)のでした。主イエスに従うとはいえ、年老いた親を置き去りにしてよいのかと疑問を感じたものですが、弟子になる覚悟ということであれば、なるほどと思います。

27節の「自分の十字架を背負って従う」は後で話すことにして、28節から32節まで、2つののたとえが語られています。これらのたとえで主イエスはなにを言おうとされたのでしょうか。

2つのたとえの最初は、建築をするときに、まず費用の計算をしてから始めること、2つ目は、戦争をするときは敵の兵力を分析して戦うか和睦するかを考えることです。この2つのたとえから、33節の「自分の持ち物を一切捨てないならば、あなたがたのだれ一人としてわたしの弟子ではありえない。」という結論になるのですが、どうしてこの2つの例えが弟子の条件に結びつくのか、わたしも読んだ直後はよくわかりませんでした。なんども読んでようやく理解できました。ここでも弟子になる覚悟のことを言っているだと思いました。

1つ目の話は「塔を建てようとするとき」のこと、建物の建築という場面です。この塔とは見張りの塔のことでしょう。わたしが仕事のためにアラビアいたときも、ところどころに見張りの塔が建っているのを見かけました。土レンガを積み上げた簡素なものですが、敵が攻めてきたとき、塔の上で狼煙を挙げて知らせる、また前線の砦として戦うためのものです。どんな建物の建築でも、費用がかかります。建築をはじめたものの、途中で資金が足りなくなれば、建築を中断せざるを得ません。建築をしようとする場合、建築を始める前に十分な資金計画をしてから建築にとりかかるだろうというのです。

2つ目のたとえは、戦争するか和睦するかのことです。戦争となってものの、相手の軍の方が優位である場合、むやみやたらに攻撃を仕掛ければ、大敗する可能性があります。司令官は状況をよく分析して、戦いに勝つ見込みがあるなら戦いを仕掛けるし、勝つ見込みがないなら和睦するだろう。責任ある者として司令官はよく考えてから行動する。主イエスのたとえはそのような意味の話でした。

なぜこのようなたとえを2つも話したのでしょうか。

主イエスの後について来た群衆の中には、よく考え、祈り、弟子としての覚悟を決めてきた者もいたでしょうが、中には一時的な感情の高ぶりで「わたしも弟子にしてください」という者。あるいは周囲の人々が主イエスについて行くので、それならわたしもと、よく考えもせずに気軽に弟子になろうとしていたものもいたのです。一時的な感情の高ぶりや周囲のものに迎合するようにして主イエスの弟子になれるものではない、たとえ弟子になったとしても建築資金が不足して建築がするように途中で挫折するだろう。弟子になるのであれば、十分な準備、特にこころの備えをしなさい、と主イエスはいわれたのです。33節の「持ち物を一切捨てないならば」ということは、物質的な持ち物が捨てられないならばというより、自分の生活に固執していては、主イエスの弟子としての備えができない、途中で挫折することになるだろうと言われたのです。

主イエスの弟子になろうとする者は、自分のこと以上に主イエスを愛すること、また、途中で挫折しないように十分な覚悟をしてから弟子になりなさいと言われたのです。

さて残りの27節の「自分の十字架を背負ってついて来る」ですが、若い頃、青年会でこの聖句を巡って討論したことを思い出します。「自分の十字架とはなんだろうか?」青年たちは考えました。自分の十字架とは例えば難病や障害のことではないか。人にはいろいろな重荷があるが、それを十字架として背負っていくことが、主イエスの道を歩むこと、キリスト者としての生き方ではないか。青年たちは熱く語り合いました。

主イエスは自分の十字架を背負ってゴルゴダへの道を歩いて行かれました。重い十字架を負って道を歩むことは、辛く、耐えがたいものでした。主イエスは何度も倒れ、その都度ローマ兵の鞭を浴びました。わたしたちの人生の道のりも、山あり谷あり、雨の日あり強風の日ありと、大変な道のりです。主イエスの弟子として歩む道には、多くの困難が待ち構えています。祭司長、律法学者、ファリサイ派、サドカイ派、ユダヤの王ヘロデ、ローマ総督ポンテオピラト。主イエスはこれらの困難をよけて進むことはなさいません。ぶつかって進むのです。主イエスと共に歩むとは、そのような困難に向かって進むことです。主イエスの弟子になるということは、主イエスとともに困難に立ち向かって歩くことです。自分とともに、待ち構えている困難に立ち向かう覚悟をして、自分の弟子になりなさい、と主イエスは人々に言われたのです。

キリスト者になるということは、主イエスの弟子になるということです。主イエスと共に十字架を負うことです。しかし、主イエスは、あなた一人で頑張りなさいとは言いません。わたしが一緒に行く、わたしもあなたの十字架を負うと言ってくださるのです。その十字架によってわたしたちは救われるのです。十字架の先には救いの希望があるのです。わたしたちはすでに天国への道、永遠の命への道を主イエスと共に歩んでいます。主イエスの弟子であることは、なんと希望に満ちたすばらしいことなのでしょう。